■講演テーマ:「生分解性プラスチックに魅せられた私の7年間」
~文系卒(素人の発想力)が特許を取るまで
■講師:今野 聡美(こんのさとみ)さん (’07年経済学部経営学科卒)
株式会社今野 専務取締役 兼 新規開発室室長
http://kabu-konno.com/
■日時:2014年2月19日(水) 18時30分~21時
■場所:ソフィアンズクラブ
■参加者数:30名
※この講演録は当日の同録音声から主要な箇所を文章に書き起こし加筆・修正したものです。
■文化系女子が生分解性プラスチックと出会うまで・・・
皆さんこんばんは。遠いところからお集まりいただきありがとうございます。私、株式会社今野の今野聡美と申します。2007年に経済学部経営学科を卒業しましたが、(本来なら29歳のところ)現在32歳でございます(今年33歳)。
実は上智に入学する前に3年余のブランクが有ります。高校卒業してからアメリカの大学に行っておりました。911のテロの時はサンフランシスコに居りまして、あの日は月曜の朝でした。日曜から夜通し車で走ってて、翌朝、大学に遅れてしまうなんて言いながら高速道路を飛ばして学校についたところ、今でも覚えてますが、みんなが号泣してまして、テレビの画面にはツインタワーが映っていて、そこに飛行機がクラッシュしている映像が何回も何回も繰り返されていました。それが今でも脳裏に焼き付いてますね。
でその後、なかなかアメリカに馴染めず、帰国して上智に入学しました。山田幸三先生にご師事をいただきました。そして無事卒業し、3年も自由にやらせてもらっていたので、父に恩返しをしようと、株式会社今野に入社いたしました。
卒業時にほかの会社を受けなかったわけではないんですが、卒論のテーマに「生分解性プラスチック」を取り上げまして、その頃から会社に通うようになりまして、いろいろ調べていくうちに、やっぱりこの会社に入りたいなと、生分解性プラスチックに魅せられてしまったというわけです。今夜はそんな文化系女子がなぜ「生分解性プラスチック」に魅せられたのかがお伝えできればと思っております。
まず私が「生分解性プラスチック」と出会ったきっかけをお話したいと思います。それは卒業旅行に行った時のことです。NYのゼログラビティを再び見に行きたいと思ったんですが飛行機代が高くて、バイト代稼がなきゃということで、お家に行ってお手伝いすることになったんです。上智在学中の2005年ころですね。海外の取引先との通訳を父から仰せつかりました。
そのときにお会いしたのが、イタリアの「ノバモント社」というデンプン系の生分解性樹脂では世界ナンバーワンの会社でした。当社の工場見学をされました。ところが専門用語が多すぎて、通常のコミュニケーションだけで会話をいたしました笑。
当時デンプン系の生分解性樹脂、いわゆるとうもろこしからできたものでは、ヨーロッパでまだフィルム化出来ていなかった。ところが日本の資本金1000万円のちっぽけな弊社がフィルム化していると聞きつけて来られたわけです。
WAO!とかWonderful!とかFabulous!とか、そんな言葉が連続の通訳だったわけです笑。そういう声や父の姿を見て、初めて、うちの会社ってすごいのかも、、、父のやっていることですごいのかも、、、と思ったわけです。
父の会社がすごい。「生分解性プラスチック」をフィルム化に成功した第一人者なんだ。ならそんな父のノウハウや事業を、大きく、さらに世の中の役に立つようにしたい。その思いで外資系の内定を断って、弊社に就職をすることになったわけです。
■生分解性プラスチックはこんなに素晴らしい・・・
続いて「生分解性プラスチック」入門としまして、主な用途からご説明しましょう。主な用途としては、農業用マルチシートですね。「生分解性プラスチック」は出来たばかりの時は、通常の皆さんがお使いになっているプラスチックと同じです。
プラマークってご存じですか? これがプラスチックですよという証明です。その中で「生分解性プラスチック」は、使用中は通常のものと同程度の機能を持ちながら、使用後は、土中に埋めると、自然界に存在する微生物の働きにより分解されます。水(H2O)と二酸化炭素(CO2)に完全に分解される性質を持っているわけです。
土中に埋めて3ヶ月から半年で、こんな感じのスポンジ状になっていきます。1年を過ぎて掘り起こしてみると、何もなくなっています。完全に土に帰るわけです。
続いて「生分解性プラスチック」のマルチシートを使って、さらに生分解とはどんなものなのかご説明したいと思います。
生分解性マルチシートは、先ほども紹介した、農業用マルチシート。生分解しない、従来のものはポリエチレンマルチシートと呼びます。ポリエチレンマルチシートの欠点は、少子高齢化を直撃します。つまり農業をやっている方は高齢の方が多くなりました。
収穫後にマルチシートを剥ぐ(処理する)のに大変な労力を要すにも関わらず、この労働を対価としてみなさない。若い時のままあたりまえだと思ってやっている。でも実際は収穫後の処理ができなくて終わっていく農家も少なくないわけです。
本当にポリマルチを剥ぐのは大変な重労働なんです。どうしてかといえば、作物がシートを破って出てきているので、シートに根っこがからんでいます。葉物とかとうもろこしとか。収穫後に、根とシートをそれぞれ分けていかなければいけないんですね。
農水省では、ポリエチレンマルチシートが残っていると不法投棄と見なされるそうです。罰則があります。なので農家さんは、剥いで農協さんに持って行って、農協で焼却してもらわないといけない。
つまりポリエチレンマルチシートの欠点は、価格は安いですが、収穫後の剥ぎ取りが重労働であること。産業廃棄物処理も必要になってくる、さらにはうまく剥げなくて中途半端にしてしまうと環境汚染にもつながる。中国やスペインなどでは、ポリエチレンが発火するなどの土壌被害も起きています。
一方生分解性マルチシートのメリットというのは、省力面として、剥ぎ取り作業が全く必要ない点です。ではどういうふうに処理するかといえば、作物の収穫後に、そのままトラクターを入れて、畑をシートごと耕してもらいます。それを縦と横で2回づつしてもらって、あとはそのまま放置すれば、3ヶ月後には次の作物を植えることができるようになります。関東や北海道は一作しかできませんが、九州では二作をやるんですね。暖かくて日照時間が多いので・・・。
あと長野県の高原レタス、朝取りレタスなどと言ってスーパーに売っていると思うんですが、朝取りレタスは、トラクターを畑に入れて収穫します。ポリマルチだとポリが粉々になるのでトラクターを入れての収穫ができません。生分解マルチなら、一石二鳥になります。
こういった省力面に加えて環境面でも、土壌中に鋤き込むことで廃プラ処理が不必要なので、焼却作業も必要なくなります。そのほか安全面や将来性、経済性でもGOOD。マルチシートの剥ぎとり作業からの開放は精神面からも負担が軽減されます。
ただし、(ポリに比べるとコストがかかるため)大規模経営の農家でないと、なかなかメリットが出せないというのが「生分解性マルチシート」のウィークポイントになっています。
生分解性マルチシートの使用例ですが、多くはとうもろこしや落花生に用いられています。落花生は、ここ3年農家さん周りで見てきて、ほんとうに便利だなと思いました。落花生は2度追肥(土をかけ直す)するんですが、中にポリシートを敷いてしまうと、掘り起こさなければならなくなります。
あとはさつまいも、じゃがいも、サトイモ。これらも落花生と同じような使い方です。北海道ではかぼちゃ、関東ではブロッコリなどですね。
スキージャンプの高梨沙羅選手に一度お会いしたことがあるんですが、北海道の上川町、大根農家の生まれですね。ここは大雪山という山の麓にありまして、100ヘクタールくらいの広大な土地で大根を作っていました。夏でもライフル銃を持っていないとクマがうろうろしているくらい広かったです。ここでも生分解性マルチシート使って頂いてます。
同じ上川町にあの世界に誇るフランス料理の巨匠・三國清三(きよみ)シェフのレストラン(「フラテッロ・ディ・ミクニ」)がオープンしました。(沙羅選手のお母さんも「七りん」というお店をやっているようです)
■さらなる文化系女子の好奇心を掻き立てたもの・・・
入社して少しして、委託加工に少し物足りなくなりました。例えば3ヶ月で使いたいというお客さん、半年で使いたいというお客さん、10ヶ月使いたいなど、要望が違うにもかかわらず、メーカーからは3ヶ月のものしか作れないなど制限があったんです。
なぜ半年タイプは作れないのか、半年タイプがあればもっと生分解性マルチシートを使ってもらえる人が増える。そう思って、現場でどんなことをやっているのか見ようと思い始めたわけです。で、日中はデスクワークをこなし、日常業務が終わったあとで現場見学を深夜まですることになったんです。
現場では、大学出の女子に何ができるんだと職人のおじさんたちに冷ややかに見られていたに違いありません。あぶない、こっち来るなとか言われてました。でも現場に出向き、職人さんたちと食事したりしてだんだんと馴染んでいき、どんな生分解原料の「配合」をしているかに興味を持ち始めたんです。
その結果、お客さんのニーズにあった「開発」をやってみようということになりました。新規開発室室長に就任いたしました。お客さんに「配合」ノウハウがなかった。実際作ってる私達には、樹脂の種類を、大体5種類とか、多いものは10種類とか配合していくのですが、そういったノウハウが、もともと我々にはあったわけです。さらにはこのノウハウを活かして、市場に農業用マルチシート以外のものも出すことができるんじゃないかと思い始めました。
展示会などに足を運びわかってきたことは、農業用のマルチシートの市場規模は「35,000トン」あるということ。そのうち生分解性マルチシートは1,300から1,500トンくらいでした。いま1,500トンなのが35,000トンすべてにするのは難しいだろうと。その一方包装資材は100万トン市場である。なので私は包装資材に目をつけました。国内の生分解マルチシートには限界がある、生分解の「包材」を作ろうと思ったわけです。
そんな中で生分解樹脂の中でなにか使えるものはないのかと探していた時に、アメリカのネイチャーワークス誌で「ポリ乳酸」のことを知ったんです。
すでにポリ乳酸を使用した容器とかフィルムが存在することがわかりました。例えばこういったサラダカップ。全農さんで実際使われている「いちご用プラパック」など。このポリ乳酸の特許を取得していくことになるわけですが、この時点ではいちごのパックのほうだけで使われていました。硬くて厚いものですよね。プラパック。そして熱が加わらないものにしか使えなかった。
ポリ乳酸の特徴は、強度が強いので薄く作れます。普通の樹脂だと25ミクロンくらいなのが20ミクロンくらいで作れます。ならパックだけではなくて上にかぶせるフォルム(シート)のほうも作ったらどうだ・・・。ポリ乳酸で作れれば59%の温室効果ガスの削減もできる。「透湿性」も高い。
くだものや野菜からはメタンガスが出ます。これが結露の原因になります。下に垂れてきて、ここからものが腐る原因になるんですね。ところがポリ乳酸素材のフィルムならスポンジのようになっているため、ガスが抜けていくんです。なので結露しないんですよ。ということは鮮度保持にも役立つ。ただし耐熱性には弱い。夏場に社内などにパックを置いておくとふにゃふにゃになってしまいます。
この時点でのポリ乳酸素材はいちごパックのように、通常は硬く、熱を加えるととたんに柔らかくなってしまうものでした。これを改善させれば良い(特許が取れる)と思ったわけです。
■ついに特許まで取ってしまいました・・・
こういった環境にやさしい素材を広めるために、従来使われてきたPET素材と同程度の性質や価格にしよう・・・。
私が目をつけたポリ乳酸。生分解性樹脂の中で唯一透明性があるものです。もしこれが濁っていたら目をつけなかったかもしれませんね。いちごってやっぱり真っ赤な鮮やかな色が見えるから買うんですよね。
まず柔軟性についてですが、従来品(PP石油系樹脂)はやわらかい、マルチシートで使っている樹脂(PBS石油由来生分解性)もやわらかい。ところが、ポリ乳酸樹脂(PLA植物由来生分解性:とうもろこしなどから生成)は硬い。このままではフィルムにはできなかった。これを特許技術でやわらかくしました。衝撃強度も元々のポリ乳酸樹脂は弱かったので強くしました。通気性も透明性も高いです。
そして耐熱性なんですが、ポリ乳酸樹脂は硬いのに40度位までしか持たない。ここを苦労の末、60度くらいまで持つように改善させました。透明性があって耐熱性もある素材が誕生しました。
ほかにもヒートシール性(熱でくっつく)や、生分解速度の調整など(通常ポリ乳酸樹脂だと大変時間がかかるが、新素材はある条件を与えるとすぐに分解するようにした)もしました。
そして最後にコストです。従来のポリ系と同等の価格にする技術を開発いたしました・・・。
私、12月11日が誕生日なんですが、なんと特許の黄色い賞状が去年の私の誕生日に届きました笑。何の縁でしょうかね・・・。ほんとうに偶然なんですが・・・。
ということで文化系女子が、柔らかくて、強くて、透明で、加工しやすく、そしてさらにコストが安いという従来の食品包装資材(PP)と同等の性能に、野菜の鮮度保持効果と生分解性能を加えた新素材を完成させたわけです。
最後に東京オリンピックに向けてということなんですが、2020年に向けて「エコなオリンピックが開催できるようにしよう!」ということで、社内で検討し始めています。
前回のバンクーバーオリンピックでも、(環境がテーマだったので)食器などにポリ乳酸樹脂素材が使用されていましたので、それを継承して、食器からポリ袋まであらゆるものを生分解樹脂を使う。生ごみ処理場にコンポスト(生分解装置)を置いて、堆肥化し、処理した後、その肥料を使って畑で作物を作る。こういったエコリサイクルをぜひ実現させたいと思っています。ご協力よろしくお願いします。
生分解性プラスチックに魅せられた、私の7年間をご紹介させていただきました。ご清聴ありがとうございました。(まとめ ’80理電 土屋夏彦)