■講演テーマ:日本の医薬品業界の抱える課題とグローバル環境での経営
■日 時:2016年2月17日(水) 18:30~21:00
■場 所:ソフィアンズクラブ
■講 師:鳥居 正男(とりいまさお)さん(’75年国際学部経営学修士課程卒)
前ベーリンガーインゲルハイムジャパン株式会社代表取締役社長
■参加者数 38名
<鳥居 正男(とりいまさお)さん プロフィール>
1947年生まれ。1966年外国語学部ドイツ語科入学、71年米国メリーランド州ロヨラカレッジ経営学部卒業後、日本ロシュ入社。75年上智大学国際学部経営学修士課程卒。日本ロシュでは社長室長、試薬部長を経て83~87年にはアメリカ、スイスのホフマン・ラ・ロシュ社に出向。89年取締役医薬本部長、92年常務取締役、93年ローヌ・プーランローラ社長、95年シェリング・プラウ社長、会長を歴任。2011年ベーリンガーインゲルハイム株式会社代表取締役社長就任、同時に傘下のエスエス製薬の会長も兼務。(2016年7月1日よりノバルティスホールディングジャパン株式会社代表取締役社長就任。なおこの講演は前職の2016年2月に行われたものです)
■日本の医薬品業界の抱える課題とグローバル環境での経営
講師口上:「私は、高校時代から海外志向がつよく外資系ではたらきたかったので、まず上智のドイツ語科を選びましたが、英語がうまくなかったので、ESSに入りドイツ語より英語漬けの日々で、フォーブス神父様のおかげで米国留学もしました。当時、留学が一般的ではなく帰国後の就職が不安だったので、留学前にバロン神父様にご相談し、会社の紹介をお願いしましたところ幸運にもスイスの製薬会社ロシュに入社。入社二年目に日本ロシュのスイス人役員のアシスタントに抜擢され、その方が日本ロシュの社長、その後スイス本社のNo.2にも就任された方で、本当によい方に巡り合えました」と語られた。
その後、鳥居さんは、日本人として初めての日本法人社長になれなかったので日本ロシュを飛び出し、3社の外資系医薬品メーカーのトップを歴任されてこられた。
講演の中では、外資系企業に長年在籍された鳥居さんだが、いろいろな国の上司と部下関係の特徴についても述べられた。例えば、アメリカでは、上司との上下関係は、厳しく、フランスの場合は、複雑でどこで決定されるのかわからない等々、また、難破船でいかに船から人を減らすかというジョークも披露され、「みなさん飛び込みました(会場笑)」というと、日本人は素直に従うという話も交えられ、和やかな雰囲気で、講演は進められた。
鳥居さん自身、仕えた上司は13人で、国籍も8カ国とさまざまで(スイス、アメリカ、ペルー、アルゼンチン、パキスタン等々)、特に4年ほど仕えた日本人は厳しい方だったが、勉強になり感謝していますとも述べられた。
▼企業評価が高いベーリンガーインゲルハイムジャパン
鳥居さんは、ベーリンガーインゲルハイムジャパン株式会社代表取締役社長を務められていたので、同社の特徴について述べられた(資料1参照)。同社は、ドイツのインゲルハイムという町にあるベーリンガーファミリーが所有する株式公開していない企業で、役員、OBそして町全体が企業と密接な人間関係を築いているという。
会社のVISION(Value through Innovation.革新による価値の創造)と4つのVALUE・Respect(配慮)・Trust(信頼)・Empathy(共感)・Passion(情熱)を大切にする社訓も示された。人材長期育成にも投資をしている同社は、2014年 3/8週刊ダイヤモンド誌の「いい会社 わるい会社」でも紹介され、現役社員の投稿による会社ランクで働きやすい会社ランク11位と評価は高く、草食外資系企業として同社が紹介されている。
▼世界の製薬企業の動向と日本の医薬品市場の特徴
鳥居さんは、世界大手製薬企業の医薬品売り上げ(2014年)の資料(資料2参照)を元に特に最近話題になったギリアドの企業買収の話題から高額な薬剤や増大する治療費についても触れられながら、説明された。
そして鳥居さんは、日本の医薬品マーケットの特徴として次の点を挙げられた。
●規制産業(厚生労働省)
・国民皆保険制度
・薬価制度
●アメリカに次いで世界で2番目の規模
●ハイリスク・ハイリターン:1製品の開発に15年間、1000億円
●労働集約:60,000のMRが180,000人の医師を訪問
薬価制度は、日本独特のもので、日本では承認されれば、薬価がつき、価格も決められるが、ヨーロッパでは承認されても価格が決まるまで時間がかかりすぐに発売出来ないことも多いと説明された。また、MR(MEDICAL REPRESENTATIVE)という医薬品業界独特の営業職(昔はプロバーといった)についても、病院の医局に出入りして医師とのつながりを密にするためにしのぎを削っている厳しい営業現場の様子を紹介された。
▼日本の今後の医療ニーズはどこに向かうか―進む日本の高齢化
さらに鳥居さんは、今後の日本社会について医療の観点から内閣府の平成26年度高齢白書、総務省の資料等を元に説明をされた(資料3,4,5参照)。
日本は、高齢化が世界でも一番進んでいて、日本の健康寿命は世界一である。平均寿命と健康寿命の差の年数も示され、70歳以上で生涯医療費の約半分を占めるという統計も示された。
女性の平均寿命86.3歳、健康寿命73.62歳、その差12.68年、男性の平均寿命79.55歳、健康寿命70.42歳、その差9.13年。生涯医療費は2,400万円といわれるがその49%が70歳以上で発生している。死因も20世紀初頭は、感染症が多かったが、最近はいわゆる生活習慣病が増えている。
▼日本は世界で2番目の医薬品マーケット
続いて鳥居さんは、「2014年の厚生労働省 医薬品産業政策の現状と課題」という資料を示しながら、日本の医療費は40兆円を超え、医薬品の市場規模は医療用医薬品が9割を占めるというデータも示された。
日本は世界で2番目の医薬品マーケットであり、また日本は世界で第3位の新薬創出国でもあることも話された。日本は世界で2番目の医薬品マーケットであり、また日本は世界で第3位の新薬創出国でもあることも話された。(資料7.資料8.参照)
さらに医薬製品別国内売上高をみた場合、外資系企業の製品が多いという。(資料9参照)
▼日本の医薬品業界の抱える課題
鳥居さんは、日本の医薬品業界抱える課題として3つの疑問に答えるという形で説明された。
1)儲かるのか
製薬企業は、新薬の研究開発費には膨大な費用がかかり利益率が年々厳しくなってきている。(資料10.参照)
資料10.日本の製薬企業の研究開発費比率と利益の対売上高比率の推移
2)ジェネリック薬品の安全性については、
日本は世界的にみてもオリジナル薬品の使用が高く、ジェネリック薬品(後発医薬品)の使用が低い。(資料11.参照)厚生労働省は、医療費の関係からジェネリック薬品の使用を数年以内には80パーセントを目標と設定している。(資料12.参照)
資料12.後発医薬品の数量シェアの推移と目標 厚生労働省は、医療費の関係からジェネリック薬品の使用を80パーセントに増やす施策
3)医療関係者と医薬品メーカーとの癒着問題
近年業界団体での規制がたいへん厳しく、特に外資系企業の場合、日本特有の葬祭(香典)の習慣について、海外本社の理解を得るのに苦労されるという話題にも触れられた。
そして最新の医療ニーズにも触れられ、「満たされていない医療ニーズ 治療満足度と薬剤の貢献度の相関図」(資料13参照)を示され、今後はアルツハイマーやがん治療の新薬にニーズが高いことも述べられた。
資料13.満たされていない医療ニーズ 治療満足度と薬剤の貢献度の相関図
▼“グローバル人材”は死語―日本人で世界を相手に仕事が出来る人は少ない
最近製薬会社の老舗の武田薬品が海外からトップを迎えたということでグローバル人材ということが話題になったが、「グローバル人材という言い方は、日本特有であり、こういう言葉があること自体グローバルではないのではないのでしょうか」と鳥居さんは、切り出された。「日本人で世界を相手に仕事をできる人は100人もいない。その理由には日本の教育特に英語教育に問題がる。さらに日本のメディアの在り方についても、グローバルな視野が欠けている。テレビでもコメンテーターは批判をするだけで、情報の発信に片よりがあるのではないか」と指摘された。
例えばドイツでは、まず発言をして自分の意見をいわないといけない。ところが日本人は間違ったことを言ってはいけないという気持ちと英語を正しくしゃべろうとする意識が強すぎ、考えている間に、発言のタイミングを逃してしまう。世界では、なにより語学以前の自分の意見を相手に分かりやすく情熱を持って伝えるコミュニケーション力が求められる。
▼グローバル環境で活躍できる人材が何故日本から育たないのか?
鳥居さんは、これまでの経験から「グローバル環境で活躍できる人材が何故日本から育たないのか?」と次の点を指摘された。
■正解主義
■画一化
■詰め込み重視の教育で考える力を鍛えない
■英語力が決定的に弱い
■危機意識の欠如
■内向きで世界的な視野が無い
外資系に長年在籍される鳥居さんでも、海外出張はいまだに気が重いそうだ。発言できるよう必ず準備していき、できるだけ会議の最初に発言する等、努力をされているという。
さらに鳥居さんは、グローバル環境で活躍できる人材に求められるコアの資質としては 次の点を挙げられた。
■コミュニケーション力
■違うものに違和感を持たずに受け入れる力
■他人への配慮・関心・興味
■気持ちのゆとり
■タフさ
外資系企業は社員を大事にしないのではないか等、ネガティブな面もあるが、良い外資系企業として次のことを挙げられた。
■強い経営基盤がある
■日本の重要性を認識している
■ある程度任せる(すべてはあり得ない)
■本気でグローバルリーダー育成に取り組んでいる
鳥居さんは、最後に外資系トップを23年間やってこられた経験から次の点をあげられた。
■本社との深い信頼を築く
約束履行
過度な期待を防ぐ
活動の透明性
■顧客との強い関係作り
■社員が仕事をする価値を感じる職場作り
さらに海外企業のトップは、どんなに忙しくても人に対して、とても温かに接するというエピソードも交えられながら、グローバルな環境で求められるのは、「謙虚さ」であることを強調された。
▼質問コーナー
このコーナーでは、内外の製薬業界を取り巻くトピックから、英語の上達法についてまで多岐にわたる内容で活発な意見交換が行われた。
▼感想
今回の講演会は、内外の医薬品業界の話題から日本人がグローバルに活躍するためのヒントにいたるまで、大変充実した内容であった。
特にアメリカ留学経験のある鳥居さんでもご自身、海外出張で、英語の会議はいまだに、気が重いようなことをおっしゃったが、ビジネスでグローバルに活躍するには語学力もさることながら、いかに人とのコミュニケーションをとられるかということで、非常に気を使っていらっしゃることを強く感じた。
鳥居さんは、2016年5月に著書『いばる上司はいずれ終わる―世界に通じる「謙虚リーダー学入門」』(プレジデント社http://president.jp/articles/-/17869 )を発行されたが、その中で「来社されたお客さまとの面談を終えると、私はできる限りエレベーターに同乗し、エントランスまでご一緒します。お客さまをお見送りするためです。ビジネスの話が終われば、その場の雰囲気はやわらぎます。エレベーターに場所が移ればなおさらです。仕事上の関係を離れて、プライベートなことも話しやすくなります」と、出版社の紹介ページにも書いておられ、ご多忙でも非常に細やかな配慮をなさる方とも感じた。
私の所属する外独同窓会の会長をされたおり、今年7月には別の大手薬品企業のトップに就任されたが、今後のご活躍をお祈りします。(報告:山田洋子 1977年外独卒)