マスコミ・ソフィア会の皆さま:

 上智大学戦没者記念植樹式が、2018年11月15日に行われました。その時上智大学戦没者追悼の会(代表:本多義人1961経経)より寄贈されたハイノキが植えられ、以来戦没者追悼の会一員の諏訪部孝道さん(1966経経)、他の尽力で毎年白い花を咲かせています。ハイノキはハイノキ科ハイノキ属の常緑小高木。現在上智大学北門に近い7号館裏手の緑樹地帯に植えられておりますが、この日陰でも元気に育つハイノキにどんな歴史が込められているのか。この度、2018年の植樹期からお世話をされてきた諏訪部さんに、これまでのハイノキ状況を報告していただくことができましたのでご紹介したいと思います。

2023.12.13
マスコミ・ソフィア会 常任幹事
向山肇夫(1963法法)

「上智大学戦没者追悼の会」記念植樹・”ハイノキ”の成長と養生
  諏訪部孝道(1966経経・「上智大学戦没者追悼の会」記念植樹ハイノキ担当)

 私は、これまで「上智大学戦没者追悼の会」(世話人代表・本多義人「1961経経)の一員として「「上智大学戦没者追悼の会」記念植樹・”ハイノキ”の成長と養生に努力しきました。
私は、ここに次の世代に向けて上智大学校庭に毎年白い花を咲かせるハイノキに託した会員一同の思いを記す次第です。

▼学徒出陣により戦死した先輩を追悼し「上智大学戦没者追悼の会」発足
 かつて太平洋戦争時文部省主催による「出陣学徒壮行会」が、1943年10月21日に東京の神宮外苑競技場で、全国の学生80,000人が動員され開催されました。そして25,000人の「学徒」が最前戦に送られました。太平洋戦争開戦は、1941年12月8日です。日本は、真珠湾攻撃で開戦当初は優勢でしたがアメリカを中心に連合軍は、マリアナ諸島沖海戦をはじめガダルカナル、レイテ島戦で圧倒的な勝利をおさめました。日本軍は、航空機、空母をはじめ戦艦など想像を絶する大規模な軍力を失い、壊滅状態に直面しました。兵力不足を補うため、それまで兵役が免除されていた学生や生徒が徴兵されました。太平洋戦争で徴兵された学徒は、100,000人を超えました。上智大学の学徒出陣は、約800人。戦死した学生や教職員の方々は、約70人になりました。



写真:*1943年10月21日神宮外苑競技場で行われた「出陣学徒壮行会」(NHKTV写真)



写真:*上智大学構内を行進する上智大学学徒出陣壮行パレード(ソフィアアーカイブス)

▼上智大学戦没者追悼「ハイノキ」記念植樹ミサ盛大に開催
 マスコミ・ソフィア会が、会報「コムソフィア」第68号(2015年2月10日刊)で「戦後70年を迎えて・学徒動員体験者の証言」を特集してくれました。これを機会に「戦時下の上智大学写真展」、「学徒動員した上智大学生の講演会」そして「遺族・その親族はじめ戦友・関係者など総勢約200人の方々が集まり追悼ミサ」の一連の行事が行われました。
 さらにこれら集まりをきっかけに、長期にわたり「戦没者追悼の会」を継続していくべく、上智大学卒業生の有志が新たに集り、「上智大学戦没者追悼の会」が発足(2019)しました。一方、学徒出陣を体現した全国の大学が、それぞれの立場で卒業生の有志の方たちが「戦没者追悼の会」を立ち上げ、戦没者名簿の作成から、戦没者の遺稿記事収集や機関紙の発刊、追悼の各種イベント開催などを進めています。
 上智大学でも「上智大学戦没者追悼の会」の名称により、戦没者追悼記念植樹ミサを始め、追悼の集会、追悼記念植樹と養生管理、戦没者名簿の編纂、戦没者の遺稿記事収集と学内関係の機関紙への出稿など続けております。
 特に「上智大学戦没者追悼の会」では、戦没者を追悼する「ハイノキ」記念植樹ミサを上智学院前理事長・佐久間勤神父様により2018年11月15日盛大に開催しました。ハイノキ記念植樹とミサ式典は、第1号館前の植え込みでご遺族、戦友ならびに関係者、世話人スタッフなど約80人の方々が参列してくれました。
 会では、「上智大学戦没者追悼記念植樹」選定にあたり、昔から染物灰汁抜きで知られた樹木「ハイノキ」を、上智大学キャンパスの1号館前の隣接緑地植え込みに植樹しました。
(現在は、学院キャンパス修復計画により、北門に近い7号館裏手の閑静な多様な記念植樹が植樹されている、「緑樹地帯」に移転しております)。水まき・肥料散布・夏場の猛暑対策に“黒色遮光ネット”など、養生管理と対策を続けてまいりました。




写真:3枚:*1号館前の隣接緑地植え込みで行われた上智大学戦没者追悼「ハイノキ」記念植樹ミサ



写真:2枚:*記念植樹(銘板にはピタウ神父の言葉「生命を愛する生命を大切にするそれは平和です」が刻まれている)

▼記念植樹・”ハイノキ”の成長と養生の記録
(2019年)
 4月の記念植樹「ハイノキ」の開花は、植樹をしたばかりで、史上まれにみる猛暑と雨量の少ない天候不順に直面し、ハイノキは大変弱ってしまい、元気回復の対策でてんてこ舞いをしました。早秋には、①新しい若苗の応援も加えて、②総出でハイノキの「水まき隊」編成を立ち上げ、③散水用補助の水ポリタンク20Lを2個配置、④即効性のある各種総合肥料の投入と⑤固まる土壌の改良(掘り起こし、空気を混ぜ)土壌改良を徹底しました。⑥「黒色遮光ネット」2メートル高さの大掛かりな枠組みを構築しました。

(2020年)
広く皆さんの協力をいただき、ハイノキの「水まき隊」を強力なものに構築。世界的にコロナが感染拡大のさなか素敵な花がいっぱい開花しました。そして弱ったハイノキの回復と養生に専念しました。おりしも不幸なことに、年初より人類史上初めての「コロナウイルス」が中国から始まり、日本をはじめ世界で感染が急速に広がり、死者も驚くほど急増し始めました。未知の感染症として、不安と恐怖の中、世界中が苦しみ、行く末が案じられた年となりました。しかし立派な花を沢山開花させました。
 そんなコロナ禍においても、肥料と水まき作業を中心に、ハイノキ養生が行われてきました。皆さんの協力のお陰で、4月には待望の蕾がたくさん膨らみ5月上旬まで、きれいな白い花がたくさん開花しましたが、残念なことに、コロナ禍とあって、「戦没者追悼の会」世話人スタッフ以外は、ハイノキの開花を見ることができませんでした。

(2021年)
 この年も脅威のコロナは変異株を続け、大学では卒業式も入学式も中止、学生もリモート授業のみが続けられました。残念ながらハイノキの素晴らし満開を見ながらの、遺族の関係者と一緒に追悼の会合を持つことは、できませんでした。戦没者たちだけが空高くより、追悼記念植樹「ハイノキ」の満開を鑑賞することができたことでしょう。
 おりしも上智大学では、構内の大規模な改修工事計画が進められていました。この改修事業計画に伴い、7月には新しい移転場所を下見させていただき、ハイノキも北門に近い、七号館の裏手の緑地に仮移転することになりました。すぐそばに、散水用の蛇口が設置されていて、肥料・水まきのハイノキ養生には大変便利になりました。9月にはしっかり移転することができました。移植後1年間は、根を切っての移転・移植になりますので、大学側が業者に1年間、他のたくさんの記念植樹と一緒に、毎日散水していただけることになりました。



写真:4枚:*「「ハイノキ」が。移植された“植込み”場所の写真です。手前右より、キャンパスから入ってきて、奥右手にハイノキが植えられてあります。整備された緑地帯には、たくさんの記念植樹が植えられております。環境としては、ハイノキに、とても適した環境といえます。高いビルに囲まれ、直射日光は少なく、樹木も多く、日影が多い分湿気があり、真夏の暑さを緩和し、台風の時にも強風から、守ってくれて条件の良い緑地です。

(2022年)
 年があけても新型コロナウィルスが、ますます猛威を振るい日本をはじめ世界中で感染者数が増加し続けていました。ただ、「ワクチン」が大量に患者に供給できましたので、年度後半には、感染者の様態が悪化せず、重傷者数が減少し、死者数も減少してきたので、新型「コロナ」は世界的に、収まりはじめていました。ハイノキの満開は4年目を迎えました。4月中旬には、いっぱい蕾をつけ、4月下旬には、満開を迎えました。しかし、変異株のコロナ禍とあって、戦没者追悼記念植樹「ハイノキ」の追悼の会は、開催できず残念でした。



写真:3枚:*散水した水や、雨水が無駄に流れてしまうのを防ぐため、根の周りに、円形の大きな堀のような溝を作り、水が根の深くまで浸透するよう工夫。夏場の有効な水給水に役立ちます。

(2023年)
 前年の夏から、記録的な猛暑と一時的な大量の豪雨が集中的に降ることはあっても、ハイノキにとっての降水量は、不十分の日が目立ち天候不順は、ハイノキに大きなダメージを与え、例年の開花の半分以下の不作の年となりました。一度に開花することなく、ばらばらに咲いては、次々に散ってしまい、見栄えのしない不順な開花、残念な年でした。
 全国的に、桜や草花の開花が2週間も、異常に早咲きしていました。全国の観光地では、催しの開催と集客時期のズレで、大変なトラブル状態に直面していました。
 私たちは、この異常気象対策として、急遽ハイノキの養生につき、さらなる工夫を施してきました。2月~4月のハイノキ養生対処の工夫は肥料と水まきと害虫防虫剤の投与をしっかりしたこと。新年から4月下旬まで、肥料の配合と肥料の分量の工夫を試みました。散水の回数を増やしたり、ハイノキの根に水が行き届くよういろいろな工夫をしました。
(①根もとにバランスの良い粉肥料をまき、盛り土を高く作り、保水量と土壌の乾燥防止対策を講じました。②根元の周りに、円を描くようにお堀のような20cm深さの「水たまり」を作り、散水時に水が無駄に流れ散らないよう。また、雨が降った時に、雨水がたまり根元まで水が十分届くよう工夫をしました。③散水は、60分用具を用いて固定し、堀の水たまりに十分たまるように工夫。散水作業としては、散水用具を蛇口につなぎ、散水シャワー器具を固定できるよう、発砲スチロールのブロックを使って、うまく固定散水ができるよう工夫。散水開始の用具セッティングと固定された散水60分間により、現場を離れ職場に戻り仕事をすることができるよう工夫しました)。

▼思いを馳せてほしい白いハイノキの花
 最後に「「戦没者追悼記念植樹”ハイノキ”」の養生・成長にあたりまして、お世話になりました方々へ心から感謝申し上げます。「戦没者追悼記念植樹」の開花・追悼の会の開催は、コロナ禍の影響から、四年目のハイノキ開花を迎えましたが、みなさんとご一緒に、記念植樹の会を開催することは、できませんでしたが、来年(2024年)はコロナが収束し、関係者の皆様とご一緒に、「戦没者追悼記念植樹の会」の開花と集まりが持てますよう心より祈っております。そしてこれを機会に、上智大学の卒業生ならびに在校生の方々の中で、「戦没者追悼の会」への関心や記念植樹ハイノキに興味のある方は、是非北門に隣接する7号館の裏側に、戦没者を追悼する記念植樹「ハイノキ」が、植えられておりますので、実物を是非ご覧になってください。そして、毎年4月の中旬~5月の初旬には、綺麗な「蕾」と可憐な「白い花」を咲かせますので、ぜひお友達を誘って、素敵なハイノキの開花の様子を見に来てください。国のために学徒出陣で、最前線に駆り出され、命を犠牲にされた、戦没者の方々と思いを馳せることができれば、心伝わるものが生まれるかもしれません。「記念植樹ハイノキ」の養生に、専念してまいりますので、ご理解・ご支援いただけますよう、心よりよろしくお願い致します。